「先祖の祟りがあるんじゃないか?」
「お墓を守っていないから、バチが当たるのでは?」
そんな不安を抱えたことがある人もいるかもしれません。
でも、私はこう思っています。
先祖が子孫を祟るということは、基本的にありません。
感覚的に言えば、99%は無いと思って大丈夫です。
今回は「先祖供養」について、私なりの考えをお伝えしたいと思います。
お墓のない家
私の父方の家には、お墓がありませんでした。
つまり、供養はされてこなかった家系と言えます。
私の家では色々と不思議な現象が起きたのですが(残り1%のケースです)、
それは、先祖供養してこなかったので起きたと考えていました。
ただ、今振り返って思うのは、
大切なのは、お墓の有無よりも
生きている時に「感謝する心」があるかどうか。
これに尽きるということです。
人間だけが「供養」を行う
ただし、今と違って昔は、
お墓を建てて先祖供養することが常識でした。
その時代にお墓が無かったということは、
供養する気持ちが無かったと言えるかもしれません。
人間だけが、亡くなった存在に対して
「ありがとう」を届けようとします。
それが「供養」です。
つまり「供養」とは
感謝の表現であり、愛のかたち。
逆に言えば、感謝の気持ちがなく、強い怒り、嫉妬、執着を抱いたまま亡くなると、
その想いが“想念”として残り、この世にとどまることがあるのです。
(それが、私の家で起きた現象の理由だと考えています。)
自分の中には、先祖の命が流れている
ここで、ぜひ伝えたいのが
「自分を供養すること=先祖供養になる」という考え方です。
私たちの体の中には、
親、祖父母、曽祖父母…と、無数の命のバトンが受け継がれています。
つまり、自分の中に「先祖の血」が生きているのです。
だからこそ、自分を大切にすること。
今ここに生きている自分に「ありがとう」を伝えること。
それがそのまま、先祖への感謝につながります。
自分を大切にする=先祖を大切にする。
自分を愛する=命を愛する。
そういう時代が、もう始まっているのだと思います。
墓じまいをしても大丈夫
最近はさまざまな事情から「墓じまい」をする方も増えています。
でも、心配いりません。
お墓がなくても、自分の中に先祖がいる。
だから、自分を慈しむことが、先祖供養になるのです。
形がなくても、感謝の波動は届きます。
「無縁仏」なんて、本当は存在しない
よく「無縁仏」という言葉を聞きますが、
私はそうは思いません。
私たちは空(くう)というエネルギーでつながっていて、
誰一人として無縁の存在などいないのです。
この宇宙のどこにも、「独りぼっち」はいません。
すべてが、有縁仏(うえんぼとけ)だと、私は信じています。
子どもがいなくても大丈夫
「自分には子どもがいないから、死後に誰も供養してくれない」
そんな心配をする方もいます。
でも、そんな必要はありません。
生きている間、自分を大切にして、
「ありがとう」と自分に伝えて生きること。
それだけで、もう成仏しているのです。
誰かにしてもらわなくてもいい。
あなたの中に、供養の力はちゃんとあるのです。
まとめ:いちばん身近な先祖は「自分」
先祖供養は、特別な儀式じゃなくてもいい。
大切なのは、感謝の気持ちを持って、自分を生きること。
いちばん身近な“ご先祖様”は、今ここに生きている「自分」です。
だからこそ
自分を大切にすることが、すべての供養につながります。
自分に「ありがとう」と言葉にしてみてください。
その一言が、きっと遠い過去の命にまで届いています。
Sealed with gratitude & LOVE❤️